シャッター通り脱出プロジェクト

シャッター街 自営業 再生 復活

トップイメージ
メニューバー
2017年6月更新

 

日本全国に広がるシャッター通りが危惧されて久しいですが、あなたのお店はいかがでしょうか?
「安泰だよ」を胸をはって断言できる人は都心部も含めて少ないかもしれません。実際、東京都下でもシャッター通りが出現していますので、日本全国で安泰のところはないのかも
しれません。

歴史的に見ても都市の栄枯盛衰は今に始まった事ではありません。明治維新後の日本の都市人口ランキングを見ると、東京、大阪、京都、名古屋、金沢、横浜、広島、神戸、仙台徳島と現在から想像できない順位でした。産業がある所に人が集まります。江戸時代は有力な武将が治めた城下町に人が集まりましたが、時代が昭和に変わると、地方の城下町
から東京、大阪などの大都市に人口流出が起きたのはご存じの通りです。そう人はたえず仕事があるところに移動しているわけです。

それでは人口流出が進むあなたの街で店を継続していく事は無理なのかといえば、そうとも言いきれません。扱う商品やサービスにもよりますが、やり方によっては、日本全国を商圏にする事が可能になります。あなたはこのままシャッター通りで埋没していきますか?

当サイトでは苦戦するシャッター通りの店舗で復活を試みようとされるオーナー様に「ホームページによる集客戦略」をご提案させていただきます。もしよろしかったら最後までお付き合いください。

   


1995年といえば、コンピューターと縁のなかった人々にその存在を知らしめた記念すべきウインドウズ95の発売の年です。
当時、サラリーマンだった自分もその必要性を感じて、近所のパソコン教室に通う事になりました。この時、40代以上のビジネスマンは、本当に苦労したと思います。突然オフィスに現れたパソコン。わからない事を部下に聞く屈辱。パソコンは日本のビジネスを一転させました。

さてこの当時といえばGMS(量販店)全盛で、ダイエー、イトーヨーカ堂、西友、ジャスコ、ニチイあたりが全国津々浦々に店舗網を広げていた頃です。このビッグネームのうち、現在会社として残っているのは僅か3社です。ダイエーとニチイ(SATYやマイカルを展開)は、イオン(旧ジャスコ)の傘下に、イトーヨーカ堂は同業態の合併はありませんでしたが、その後、西武そごうをグループに加えています。また、西友は、アメリカ大手ウォルマートの傘下に入り、安売り路線に方向転換したのはご存じの通りです。

この現在の二強が残った事にはそれなりの理由があります。イトーヨーカ堂は、子会社のセブンイレブンが世界で初めて導入したPOSシステムの単品管理で他社を圧倒する利益率を有していました。「死筋商品」を売り場から排除して、「売れ筋商品」で店舗を埋めれば、「売り場の坪効率」は格段と上がるというわけです。セブンイレブンの売り場を見ていても、地域の他の店舗とも品揃いは画一化していく事になります。当時はこのやり方がもっとも理想と思われていましたが、現在のイトーヨーカ堂を見ていると画一化し過ぎていて、遊び心の無い店舗になりきってしまった感があります。

イオンは当時から、「M&A」「スクラップ&ビルト」「郊外型出店」などの他社にはないポリシーがありました。旧ジャスコのスタートは、三重県四日市の岡田屋、兵庫県姫路市のフタギ大阪府吹田市のシロの3地方スーパーの提携から始まっています。その後、次々と地方スーパーや百貨店を取り込み、採算のあわない店舗を閉店にして、新店舗を構築する「スクラップ&ビルト」を繰り返し拡大をしていくことになります。一般的にオーナーは一号店には思い入れがあり、なかなか閉店にはできませんが、ジャスコは合併により得た店舗は、一号店でも容赦なく潰していく事が出来たというわけです。

イトーヨーカ堂やダイエーが駅前立地にこだわりましたが、当時のジャスコは郊外にこだわりました。これは当時アメリカを視察した岡田社長の発案であり、郊外に車で大量買いので
きる大型店のニーズをいち早く導入したものです。売り上げが週末に集中する弊害がありますが、地代も安く車で来店した客は渋滞のストレスもなく次第に支持を得ていくことになります。

またこの頃から、各業態のチェーンが郊外のロードサイド店化を進め、地方都市の駅前のシャッター通り化が顕著になり始めました。街の中心を迂回するバイパスにロードサイド店が集中して、客の流れが完全に変化してしまいました。

一般的にイオンの郊外型出店が地方都市の駅前の衰退を生んだと言われてますが、旧大店法のもと駅前の大型出店を拒んできたのは、他ならぬ地元商店街であり、そのあおりで郊外型の店舗が増えるという皮肉な結果になってしまいました。筆者個人の意見ですが、仮にイオンが郊外型を展開していないくても、モータりぜーションの波にのり各カテゴリーの専門店による郊外型出店は進んでいたと思われます。

   


さて、いままでシャッター通りの諸悪の根源とされてきたGMS(量販店)ですが、現在、小売業で
一番苦戦しているも事実です。皆さんはGMSの扱う商品で一番利益率の良い商品は何だと思わ
れますか?答えは「衣料」です。厳密にいうと「衣料でした」というが正解です。

GMSは利益率の低い生鮮で集客して利益率の高い衣料品売り場に客を誘導することが、当時の
ビジネスモデルでしたが、現在はご存じの通り、専門店に圧倒されている状態です。イオンは大型
モールを作り、専門店にテナントになってもらう不動産業を目指しています。

実をいうとこのビジネスモデルは今に始まったものではなく、GMSの前に隆盛を極めていた百貨店のビジネスモデルでした。地代の高い駅前立地では出店ミスは許されず、確実に集客・販売の期待のできる専門店にテナントしてはいってもらう事がスタンダードでした。ユニクロが百貨店にテナントとして入った時に時代の流れを感じた方が多かったのではないでしょうか。

そしてその専門店も現在、苦境にたっています。家電量販、書籍、家具、ホームセンターなどもある業態に苦戦しています。その業態とはアメリカ発のアマゾンに代表されるネット通販の新勢力です。
皆さんも一度はご利用になった事があるのではないでしょうか?

一見、勝ち組に見える大手流通もその規模ゆえ維持していく事は至難の業です。流通業においても栄枯盛衰も激しく、苦しいのは小規模小売店も大型量販、専門店も同じということです。

閉店
   


最近減った街の商店といえば、文房具店、書籍店、銭湯などがあります。学校前には必ずといっていいほど文房具店がありましたが、この業態が減った理由は100円均一店と言われています。そう言われてみれば、100円均一店の文房具商品ラインナップは尋常ではありません。この状況は文房具メーカーにとっても死活問題で、100円均一店に商品を提供しようとするメーカーも出ているので問題は深刻です。

筆者も100円均一店を利用しておりますが、購入するものといえば「消耗品」だけです。これは一般の消費者もそろそろわかり始めてきたのでないでしょうか?100円で物を売るためには、30円の原価で商品を作る必要があります。商品にもよりますが、30円で作れるものに価値の実態があるとは思えませんからね。

さて、書籍店が減った理由は、前述のアマゾンなどのネット通販が非常に関係している事は皆さんご存知の通りです。いくら出版不況とはいえそれなりの出版物が流通している事も事実ですし、アマゾンなどのネット通販に流通の経路が変わっただけとも言えます。銭湯に関しては、日本の家屋の構造の変化が影響していることは否めません。銭湯の衰退は「スーパー銭湯のせいだ!」なんていう人がいませんからね。スーパー銭湯は自宅に風呂を所有している人がターゲットにしています。

銭湯は今後、市場の回復は見込ませんが、書籍店はやり方によっては回復の余地を残しているとみます。

   


現状の日本で大手流通が手を出し難い業種があるのをご存じでしょうか?
それは美容院と言われております。美容院のチェーン店は確かにありますが、全国的な展開をしているチェーン店はあまり聞いたことがありませんね。どうも拡大する前に美容師が顧客を連れて独立していくためで、チェーン化がし難いと言われております。美容院の商圏はコンビニよりかなり広いと思います。顧客の皆さんは気に入ったところであれば、数キロ
でも移動しますからね。

この場合、顧客はこの美容師にセットしてもらいたいという必要に迫られています。これは物販でも同じことが言えます。必要に迫られていれば人間は数キロでも距離を移動します。
ましてや現在の日本には、世界に冠たる安心の物流システムもありますから、いくらでもお取り寄せができるわけですね。要はそうでもしてほしい「差別化された商品」とそれを周知させる手段があれば、商いの場所を選ばない事になります。

シャッター通りにあるあなたの店の周りに客がいないと嘆く前に、インターネットで商圏を広げてみませんか?もちろん大手ネット通販モールなどは利用しません。あなたのサイトで
勝負するのです。「差別化された商品」をお持ちでない方にはその手法を後々ご説明します。

 

 

ボトムバー
Copyright(C) 2016 シャッター通り脱出プロジェクト All Rights Reserved